海洋資源の利用促進に向けた基盤ツール開発プログラム(通称:基盤ツールプログラム)「海底熱水鉱床探査の為の化学・生物モニタリングツールの開発」

 我が国は四方を海に囲まれ、古来より海の恩恵を受けてきました。水産資源に関しては、世界三大または四大漁場といわれる北西太平洋漁場を経済水域内に有しており、古来より魚食文化に親しんでいます。近年、このような海の恵みのなかで、海底の鉱物資源として海底熱水鉱床が注目されています。海底熱水鉱床は、海底火山活動にともなう熱水から重金属が沈殿してできた鉱床です。陸上で温泉が存在するのと同じように、火山地帯では海底でも温泉が沸いています。海底温泉は数千メートルの海底に存在するため、数百気圧の圧力がかかっています。そのため圧力鍋と同じ原理で、海水の沸騰する温度が高くなり、300℃といった非常に高温の熱水が噴出しています。海底熱水鉱床はこの熱水から急速に金属元素が沈殿することで生成します。海底熱水鉱床中には、銅、亜鉛、鉛、金、銀、バリウム、イオウ、セレン、ヒ素、アンチモン、ガリウム、インジウムなどを含んでいます。同じような鉱床は陸上では秋田県などで存在し、黒鉱鉱床として知られています。我が国の排他的経済水域(EEZ: Exclusive Economic Zone)は世界第六位の広さを有しており、我が国の深海底資源のポテンシャルは、世界的に見ても高いといえます。しかしながら、海底の探査は非常にむずかしく、その分布や鉱量はようやく調査の端緒に就いたばかりです。そのためには政府が長期計画を立て、指針をしています。海洋基本法(2007年7月施行)に基づき、2008年3月には海洋基本計画が閣議決定され、さらに2009年3月には、第5回総合海洋政策本部会合において、「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」が了承され、メタンハイドレート及び海底熱水鉱床については、今後10年程度を目処に商業化を実現するとしています。文部科学省では平成20年度から、海底熱水鉱床をはじめとする海洋鉱物資源を広域で効率的に探査するために必要な技術開発の内容等について審議し、これら国産の技術開発を実施する競争的研究資金制度「海洋資源の利用促進に向けた基盤ツール開発プログラム」を開始しました。この中の1課題として、高知大学が代表となり、岡山大学、東京大学生産技術研究所及び九州大学と共同で海水の化学成分の高精度計測技術の開発を行なっています。

 海底熱水鉱床探査の際には、2項目の観測が必要となります。1番目がマンガン・鉄・硫化水素といった熱水から噴出している化学物質の濃度です。これらの3成分は熱水中に海水の10万倍もの高濃度で含まれています。そのため、海水中で熱水に近づけば近づくほどこれら化学物質の濃度が高くなっていきます。一番濃度の高いところに熱水が存在することになります。2番目は、pH・酸化還元電位などの熱水によって影響を受ける海水組成に関する情報です。こちらの海水組成はマンガン、鉄、硫化水素ほど変動しません。まず、マンガン、鉄、硫化水素濃度であたりを付け、最後にpH、酸化還元電位でより近い範囲で特定するという形で、これら2項目を広い範囲にわたって観測することが必要となります。また、実際に海底資源を採取する時には、周辺環境の擾乱や汚染を監視が必要です。このときは上記2項目の化学系成分以外にも、生物活動の長期センシングが必須となります。生物活動のセンシングには、熱水性生物が放出するアデノシン三リン酸(ATP: Adenosine triPhosphate)等の代謝系物質の濃度が適しているといわれています。我々のグループでは、これらをターゲットとした化学・生物モニタリングツールの開発と、ツールを用いた現場環境モニタリングを行なっています。

 高知大学において開発したツールを紹介します。まずはマンガン、鉄を測定対象としたフロー系分析装置です(図1)。この装置はルミノールの化学発光強度がマンガンや鉄といった重金属元素の濃度に比例することを利用した装置です。ルミノール等の試薬類は点滴用の袋に詰めて海中に持っていき、海中で送液ポンプを動かして海水と混ぜ合わせます。送液ポンプは圧力下で動くように油漬け容器にとして、光の強度を測定するための窓、機械制御部は海水から切り離して耐圧容器に収納しています。2番目は、硫化水素センサ等を対象とした電気化学センサです(図2)。このセンサでは、海水中に露出させた銀線に一定の電位をかけて、硫化銀として濃縮します。次に電位を反転させて、濃縮した硫化銀を溶離させます。この溶離の際の電流値が硫化水素濃度に比例するという仕組みを利用して計測しています。電気化学センサは試薬が不要な点、モーターなどに駆動部が無く省電力な点などがフロー系分析装置に比べて利点となっています。他にもガラス電極を用いたpHセンサ、白金線を用いた酸化還元電位(ORP: Oxidation-Reduction Potential)センサの開発を行いました。これら電気化学センサは、センサ部を海水中に露出させ、コントロール基盤は耐圧容器内に収納することで水深5,000mまでの深海で作動するように設計されています。

3番目は、海水サンプルを取得するための128連式採水器です(図3)。こちらは40mlのサンプルを128本、あらかじめ決められた時間間隔で採取することが可能です。たとえば5分間隔ですと10時間、20分間隔ですと40時間サンプリングが可能です。取得したサンプルは船上で速やかに分取します。10mlの海水を用いて船上で基礎項目を測定し(溶存酸素、塩分、pH、アルカリ度、全炭酸、栄養塩濃度など)、残りは固定し持ち帰り陸上で分析します(細菌数、レアメタルなど金属元素、メタンなどガス成分)。

 これら開発したツールを使った実際の熱水探査も行っています。たとえば2010年には海洋研究開発機構無人探査機「ハイパードルフィン」に現場化学センサ群を搭載し、沖縄本島沖合約100kmの北東伊是名海域において、新規熱水活動を発見することに成功しました(図4)。熱水鉱床としてのポテンシャルについては今後の詳細な分析が必要ではありますが、200℃を超える熱水活動が発見された水深は500~600mと、既存の熱水活動域(約1,000m程度)より浅いため、調査が比較的容易な海域として期待されています。また2012年には、東京大学生産技術研究所無人海中ロボット「AE2000f」に化学センサを搭載し観測を行った結果、熱水活動を伴わない熱水マウンドを発見することに貢献しました。これら開発結果を基にさらに機器の改良が続いていきます。センサは大きさ、消費電力や試薬消費量が小さいほど、水中ロボットへの取り付けが容易になります。分析ライン全体を一つのチップ上に載せるµTAS(Micro-Total Analysis Systems)という技術が、医療系の分野で特に進んでいます。この技術を応用することで、現在は500mlの缶ジュース2本分ぐらいの大きさがあるセンサ類を、カードサイズ化しようという試みも実施しています。

 「海洋」は、生活圏から遠いため、日常的にはあまり存在を意識していません。少しずつ調査が進んでいく深海底は、静寂・静穏の世界ではなく、エネルギー・物質が行き交うダイナミックな世界であると認識されてきています。調査・開発技術が革新的に進歩したことによって,深海底資源・エネルギーの開発は,現実問題となってきつつあります。我々のグループでは、日本国産の科学技術力を結集し、センシング分野で1番になるべく研究を進めています。